Motel Chronicles


■2003年3月9日

言葉の足りないもどかしさ。
 
私の書くこと、それは意味のないことかもしれない。
嘘かもしれない、間違いかもしれない。
ただ、私自身の疑問。


戦争反対と考え何かしたいと思っているのだが、何も出来ない。
苛立ち、迷い、諦め。
ニュースで悲惨なニュースや戦争のことを見るけれど、
どれが本当で嘘で誇張なのかも判断は出来ない。
どうなるのだろう、という遠い傍観者。
それに慣れてしまっている自分。
 
何を信じればいいのだろう。
ニュースひとつにしてもそこには取材するひと、取材される対象、
テレビ局、スポンサーととてつもない数の干渉が入ってくる。
たとえ直接、何かを制限していなくとも。
私が出演するテレビ番組にしても、私であって私でない。
そこにはディレクターの大きな意向が関わっており、ナレーターが話す言葉は
私の代弁ではない。
12日間ものロケを行い何十時間まわしたテープを、わずか30分、
1時間に短縮するのだから歪みはとても大きい。
自分の実際見たもの聞いたものさえ、本当のことだと断言できるだろうか。
私にはそれさえも無理なことのように感じる。
色一つでも人によって赤が、オレンジに見えたりピンクに感じたりする人
それぞれが納得する真実とは、あるのだろうか。
 
先日新聞であるコラムを読んだ。
作家、故宮脇俊三さんの話であるが、彼の記憶力はすばらしいものだったらしい。
そして彼の著書「時刻表昭和史」の中の終戦の日の正午に米坂線の今泉駅で
父親とともに玉音放送を聞くシーンが圧巻であるそうだ。