■2003年3月7日
渾沌。(こんとん)
かろうじてまだ平和が保たれている。
いや、平和が保たれているのではなく、新しい戦争が「まだ」起きないでいる。
昨晩ニュースで日本の政治家達の、イラクのことに関しての
特集(とは思えなかったが)があった。
それを観ながら最後までこの人は何を言いたかったのか、理解不能だった。
日本は戦争を肯定するのか否か、それすらも。
自分の意見をしっかり言えない政治家。
筑紫さんの質問に対する答えというのは、決して「答え」でもなかった。
はい、いいえ、で済むことを誤魔化す。
筑紫さんももっと突っ込んでほしいのに、何一つ知り得ることがなかった。
わかっていないのは私だけだろうか?
どこかでみんなはちゃんとすべてを知っていて、それを踏まえてのニュース番組なのか。
先日朝日新聞に、戦争反対のデモ行進はどうやって知ることができるのか、
という投書を紹介していた。
またデモに参加すること、それで自己満足で終わってしまうのではないかとも。
あぁ、私と同じようなことを思っている人もいるのだと思った。
アメリカの戦争反対市民グループが作ったコマーシャルを観た。
アメリカではこのCMを流すことを許可するテレビ局が少ないそうだ。
ブッシュ大統領が所属するキリスト教関係者や女優などが出演している。
そして彼等にも戦争肯定派から非難されている。
軍への参加を促すCMはたくさん流れている。
私のところに知り合いのアーティストや芸能人から、平和を訴えた
チェーンメールが届く。
反戦を訴える声明文とそれに賛同した人のリスト。
私はこれだけ世の中がざわついているというのに、何一つ正確な情報を知らない。
アメリカがどう考え日本はどうなのか、イラクは、北朝鮮は...
私は戦争には反対である。
ただ、この世の中に私より何百倍も頭の良い人たちがたくさんいるというのに、
戦争かそうでないかの、二つの選択肢しかないのだろうか。
もう待てないという声もあるけれど、あと10年待てないのだろうか。
朝までのテレビ討論会にしても、なぜ、もっとどうしたらいいか、
という討論にならないのだろう。
(私には各専門科の知識の見せびらかしにしか見えなかった。
勉強になったところはあるけれど)
そして、私自身、戦争に反対であるけれど、例えば何処かから核弾頭が飛んできたら、
それはわからない。
それでも戦争には反対と思うが、心の奥底から素直に言えるかとどうかは自信がない。
私の中にもたくさんの混沌がある。
無秩序も。
なぜ急ぐのだろう。
私はチェーンメールを次の人に送っていない。
戦争に反対することは、もちろん間違っていないと思う。
今はこれが最善の行動であるだろう。
でも何か自分の中で納得のいかない、戦争か反戦か、
そういう2極化されたものではないと、何かが警告をならしている。
私は臆病で逃げているだけかもしれないが。
では何が出来て何をするべきなのだろう。
結局私の場合は音楽なのだろうか?
前回のアルバムの中に、カオスという曲がある。
私とその周りの世界との渾沌を書いた。
9月11日のレクイエムでもある。
それぞれの人が何をしていても、どう生きようとも、無視したとしても、
すべてはつながっているということ。
全地球上での出来事、いや全宇宙でのことが私達一人一人に関わっている。
そのことを忘れ始めているかもしれない。
そしてことを知っていれば、無視は出来ないはずである。