Motel Chronicles


■2002年11月18日

魔法の絨毯。
 
今晩の東京は、木枯らしが吹いています。
色づいた木の葉は、私が運転する車の前やうしろ、上を舞ってわずかに開けた窓からも、
カサカサという音が聞こえてきます。
そして道路は黄色や茶色の絨毯がひかれたように、美しく彩られています。
本当に美しい季節です。
 
こういうときに散歩して楽しいのは、何処でしょう。
やはり昔近くに住んでいたこともあって、代々木公園が真っ先に思い浮かぶのですが...
朝方5時くらいに行くと、それはそれは美しく、この世のものとは思えないほどの
たたずまいと、静けさを見せてくれます。
それから生まれ育った多摩川のほとり。
落葉樹があまりないので、冬になれば芦が枯れて丸裸の中州は興ざめですが、
寒々した風景はやはり美しいものです。

今日は妹が家に来ていて、岩手でのお墓参りの報告をしていました。
私が知っている私の母方の祖父は祖母の再婚相手で、本当の祖父の顔は知りません。
でも私が知っているおじいちゃんは、とても良く私のことをかわいがってくれて、
多摩川で一緒に魚釣りをしたことも、よく覚えています。
妹ももちろん知るはずもないのですが、仕事で盛岡に行ったときに
お墓参りをしたそうです。
どちらの祖父も私の本当の祖父ではあるのですが、血のつながった祖父の存在を
最近になって知る機会が増えたというのは、お墓参りに行く、いいチャンスかもしれません。
母方の親戚はそういう意味で岩手県の盛岡にいます。
だいぶ寒くなったかもしれませんが、今月は時間があるので尋ねてみようかと考えています。
 
先日の所沢のコンサートに来ていただいた方は、ある意味、ラッキーだったかもしれません。
それは、とてもいい弓を借りての演奏でした。
弘法筆を選ばず、とはいいますが、いい楽器はいい音がします。
そしていい楽器は大変高価です。
家なんて簡単に買えてしまうくらいの値段もたくさんありますし、有名な演奏家は
(私を除いて)皆さんそういうものを使っています。
いい音とはなかなか説明が出来ないのですが、それは何とも言えない、
弾く人も聴く人も魂を奪われる「音」です。
 
私には生まれ持ってこなかった歌の才能。それはイコール「声」でもあるのですが、
楽器はその声の代わりなのです。
声がいくらよくても、歌い手の魂の資質がともわなければ人を感動させることは出来ませんが、
声も生まれ持った才能のひとつであることには、疑う余地はありません。
 
どちらも人の魂をのせる「道具」であるわけで、人の心をいかにつかむか、
気にさせるか、という、いい音、いい声よりも、その人自身のオリジナリティの強さが
重要かもしれません。
U2というグループのボノの声は、私の憧れでもあります。
やはりあぁいう声だったら、あのような音楽をやっているだろうな、みたいな。
何処で聴いても彼の「声」は彼だとわかりますし、その強いオリジナリティはすごい。
誰も真似をすることの出来ない、そして聴きたい、と思わせる何かがあるのだから。
 
楽器は自分で作ることは出来ませんから、人の作った「声」を借ります。
借りるといっても不思議なもので、使っている楽器は自分の声に似てきます。
または同じようなものを、私が選んでいるのかもしれませんけれど...
 
オリジナリティ、アイデンティティを求めるのは人間の本性なのでしょうか?
 
今日、家で取材と撮影があったのですが、雑誌の写真入稿もこれだけデジタルの時代に、
手作業での紙焼き入稿という話で盛り上がりました。
すごくよくわかります。
無駄、便利、速さ、予算、正確さ、美しさ...仕事にはいろんな基準があって、
私の仕事でもいろんな判断があるわけですけれど、やっぱり人と同じ事をしている限りは、
たいしたことないのですよね。
同じ事をするのならその最先端を行くか、時代に逆行するのならとことん、
自分の信じるものを追求する。
私はどちらかというと、どちらもです。
それこそ中途半端にならないように気をつけてはいますけれど。
 
音楽を作る上でこれだけ「デジタル」というものが発達して、いまや
コンシューマーのほうがプロスタジオよりも録音技術的には、数値上のスペックでは
はるかに上をいってしまっています。
そして低価格。
誰がやっても同じような音、つまりはシンセの音ですが、それの組み合わせによって
簡単に作り出されてしまう音楽。
私もそれを使うひとりですが、やはりそこからの逆行ももちろんするわけです。
誰かと同じは嫌、というへんなDNAが働いてしまって...
だから、最近の私はチェロを弾き続けてきて本当によかったと、つくづく感じているのです。
来年すぐに作り始めるCDと、そしてコンサートツアーは、その想いが
強く出ているものになると予感しています。
 
誰とも違うものを持つこと。
もちろん人それぞれ存在自体が、強いオリジナルなわけですけれど。